川島ゼミ 観劇レポート(2025年5月期)

ミュージカル『刀剣乱舞 坂龍飛騰』
2025年5月8日(木)18:00/TOKYO DOME CITY HALL
MA

画像:ミュージカル『刀剣乱舞』 ~坂龍飛騰〜 公式サイトから引用
(https://musical-toukenranbu.jp/pages/spring2025)
今回観劇したのはミュージカル「刀剣乱舞 坂龍飛騰」だ。簡単に「刀剣乱舞」を説明すると、歴史を変えようとする「歴史修正主義者」が放つ「時間遡行軍」に対抗するため、刀剣に宿った付喪神「刀剣男士」が、審神者(さにわ)により顕現され、過去の戦いに赴むき歴史を守る物語だ。今作は坂本龍馬の歴史改変を阻止するため、坂本龍馬の刀・陸奥守吉行を隊長とした6振りが幕末の時代に赴くことになった。幕末へやってきた陸奥守達だったが、龍馬は「時間遡行軍」によって早い段階で毒殺されてしまう。任務失敗かと思われたその時、陸奥守が物部という男を呼び出した。彼は本来死ぬべき時に神様に助けられた者で、坂本龍馬に顔が良く似ており龍馬の「影」として生きるよう命じられた存在なのだと言う。簡単に言えば、任務が失敗しそうになる度に、何度も身代わりとして使ってきた駒のような存在である。こうして物部と6振りが揃い、物語が始まった。私が今回一番心に残ったのは「愛とは何か」についてだ。
陸奥守は、度重なる出陣の中で元の龍馬の顔やどのような男であったかの記憶も薄れてしまい、まるで責務かのように「龍馬に関する出陣は全部わしにくれ」と審神者に話していた。だが今回またもや現れた「物部」は、かつての物部とは違う異質な存在だった。本来彼が知るはずが無い戊辰戦争が起きること、そして自分は近江屋で殺されるということを知ってしまう。彼は「神様なのにただ見てるだけなのか!?」「お前たちにとっては過去のことでも俺にとっては今だ!未来のことだ!」と叫び、龍馬の任を降りてしまう。その後描かれる物部と肥前忠広の場面は非常に印象に残っている。物部は平泉で生まれたが、故郷は戦争で焼かれ、彼は「ただ生きていたかった。でももう二度と焼け野原にはしたくない」と話す。そんな彼に肥前は「一度腐った花はもう二度と元に戻れねえよ。」と言い放ち、物部は坂本龍馬として生きる覚悟を決めることになった。肥前は、本来坂本家に伝わる宝刀であり、龍馬の刀になるはずだったが、岡田以蔵に渡された過去を持っている。この場面では、もし自分が龍馬(物部)に渡っていたらどうしていたかという思いを抱えているように見えた。皆が物部を龍馬として扱う中で、陸奥守に「坂本龍馬としての姿を追い求めるな。」という言葉や、物部に対し「でも、お前はお前だ。」と告げる彼の言葉は、人斬りの刀であるからこそ、人の生死に敏感で、彼なりの優しさが滲み出る場面だった。そして迎える近江屋の場面。物部は史実通り、あっさりと殺されてしまう。意識を失う寸前、見守っていた陸奥守と目が合い、2人は笑い合いながら陸奥守は「ちょちょ切れた……止め方がわからん!」と涙を流していた。何度も龍馬の死を見届けたはずの陸奥守が涙したのは、龍馬ときっちり区切りをつけたからなのか、それとも龍馬としても一人の人間としても懸命に生きた物部を心から愛していたからなのか。最後に出陣した6振りが歌う「愛で咲く花」という楽曲の中で、「君の、神様が舞い降りた。花咲き誇る美しい場所で……」「かえろうか」という歌詞とともに、陸奥守は物部が持っていた平泉の蓮の種を川にまき、遠くを見つめながら審神者のもとへ帰っていった。歴史を大河に例え、心を泥中の蓮と例えた場面があったのだが、蓮の花の実を川に浮かべる様子が印象に残った。刀にとって元の主というのは自分であり、元の主が何をしたか、何を成し遂げたか、語られる言葉が今の自分たちを形作る礎となっている。今回は陸奥守以外にも、武市半平太の刀であり、元の主の処刑に立ち会った南海太郎朝尊と肥前、西郷隆盛と出会った薩摩刀の笹貫など、自分の物語や元の主について考えるきっかけになったのでは無いだろうか。
 最後に、物部は常に「なにか大きなことをして花を咲かせたい。次に繋げたい。」「花が咲き乱れた美しい故郷を守りたい。」と口にしていた。その願いを叶えるかのように、舞台中央で蓮の花が一輪、静かに咲き誇り幕が閉じた。この公演のテーマが「愛」だとしたら、刀から人間への愛や、厳しさの中にある愛。人間の恨みや憎しみ、苦しみといった形をとりながらも、様々な方向に向けられた「愛」が、心身を削り果てた物部の中で純粋なかたちとして花開いたそんな演出だったのではないかと思う。切なくも暖かい愛の物語だった。

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