川島ゼミ 観劇レポート(2024年7月期)

舞台『いい人間の教科書。』
2024年7月8日(月)19:00/すみだパークシアター倉
白ぶどう
自分は「いい人間」だろうか。いいや、違う。では「いい人間」とはなんだろうか。こうして書いている今も答えは出ていない。千差万別の意見があるだろうが、どれも正しいように聞こえてしまうし、その時々で自分の意見だって変わってしまう。私の罪状は「優柔不断」だろうか、はたまた「芯のなさ」だろうか。そうやって真剣に考えるほど「いい人間」から程遠い人間だと突き付けられて鬱屈としてくる。頭ではわかっていても簡単に変われないのが人間の弱さで、その弱さをどう扱うかが個性なのだろう。今回観劇した作品に登場した人々は、誰もみな弱くて個性的な人たちだった。
観劇した人が最も感激したとされる小劇場演劇に贈られる『カンゲキ大賞』を2023年に受賞し、今年度で4度目の開幕となった今作は、劇団アレン座によるエチュード演劇(台詞のない即興劇)だ。“只今をもって、あなた方を拘束します。”という言葉とともに謎の空間に閉じ込められた5人。頭上に画面が出現し、5人の中から「いい人間」を1人決めること、その1人だけが部屋から出られること、5人の名前と罪状(本人が持つ性質や過去の出来事)が順番に映し出される。話し合う中で個人の過去や抱える悩みが明らかになり、各々の本性が曝け出されていく。誰が「いい人間」に選ばれるのか。目の前で繰り広げられる会話劇に釘付けになる2時間だった。
劇場の中央にある正方形の舞台には木製の椅子だけが綺麗に並べられていた。華やかな大道具がない舞台上を彩ったのが、機材やレーザーを駆使した照明だ。開演の鐘が鳴り場内が暗転すると、舞台の縁や客席のあちこちから光が放たれる。鮮やかな色合いはそのままに、今度は二等辺三角形のレーザーが出現する。壁を触ったり叩いたりするようなマイムから狭い部屋を表現しているのだと理解できた。本編の中でも床下に隠されているアイテムの場所を示すときに使われており、一貫して効果的な演出だったと感じる。
演出に関連して、個人にフォーカスを当てた独白シーンやダンスパートも印象的だった。登場するアイテムは罪状に関係するため即座に問い詰められる。核心を突かれて追い詰められた瞬間、当人の独白シーンに移っていく。4人は舞台の四隅に椅子を置き俯いて座る。残された1人は中央に立ち、観客が座る四方向にゆっくり体を向けながら心情を吐露する。そして、語られた物語が振付に反映されたダンスパートへと繋がっていくのだ。この一連の流れは5人分繰り返されるのだが、正面の方角やダンスのフォーメーションが矢継ぎ早に変化するおかげで見飽きることがなかった。重々しい会話劇を中和する働きにも感じられ、この演出こそが最後まで集中して見届けられる所以だと考えた。
あの狭い部屋に閉じ込められた5人の姿を改めて反芻する。正直、彼らに共感できる場面は少なかった。他人を貶めたり深く話を聞かないまま相手を決めつけたりする発言が耳に飛び込んでくる度に、私の精神までも削られている心地がした。この不毛な争いから「いい人間」を選べるわけがないとも思った。しかし、各々が己の信念を貫いて生きてきたことは独白シーンやダンスパートから伝わってきた。役者自身の経験やパーソナルな部分が役に少しずつ投影されているからか、言葉の端々から実感を伴った重みが含まれているように感じられたのだ。話し合いの末5人は「いい人間」を1人選ぶのだが、最終的には残りの4人も部屋を脱出していく。彼らはきっと、これまで強く抱いていた意志は曲げないまま新たな人生を歩んでいくのだと思う。もし私があの狭い部屋で突然拘束されたら彼らのようになるのだろうか。そもそも「いい人間」とはなんだろうか。まだ答えは出ない。ただ、彼らは私よりも遥かに「いい人間」だった。

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