川島ゼミ 観劇レポート(2024年6月期)

劇団四季ミュージカル『オペラ座の怪人』
2024年6月5日(水)13:30/KAAT 神奈川芸術劇場〈ホール〉
彩樹
ミュージカル『オペラ座の怪人』は1986年にロンドンで初演され、2年後に劇団四季によって日本で上演されて以来、人気を博している。舞台は1905年、パリ・オペラ座の所有物が出品されたオークションに始まり、半世紀遡ったオペラ座でのある出来事が語られる。当時多発していた“オペラ座の怪人”の仕業とされる事件に不安と怒りを抱えたプリマドンナのカルロッタは、出演をボイコットする。そこで代役となったコーラスガールのクリスティーヌ・ダーエは、亡き父がくれたという「音楽の天使」に仕込まれた歌声で、公演を成功させる。その後、オペラ座の新たなパトロンであり幼馴染のラウル・シャニュイ子爵と再会したクリスティーヌだったが、その夜突如楽屋から失踪する。彼女が「音楽の天使」を目の当たりにし、彼こそが「オペラ座の怪人」であると知ったことをきっかけに、物語は大きく展開する。
冒頭で述べたように、本作はオークションの場面から時代を遡ることで物語が始まるが、その光景から私は興奮をおさえきれなかった。隠し布が剥ぎとられ、出品されたシャンデリアが露わになると、あの“The Phantom of the Opera”のメロディーが響きわたる。1つ1つのランプに灯りが点けばみるみるうちにシャンデリアの全容が明らかになり、廃れたオークション会場からせり上がるようにしてオペラ座のステージが姿を現す。目の前で時計が巻き戻っていくような感覚は、一気に物語へ我々を引き込むのだ。また、怪人が初めてクリスティーヌを隠れ家へ連れていく場面でも、 その世界の変わりように見入ってしまった。地下へと続く橋が下りてきたかと思えば、霧がたちこめる湖に蝋燭が現れ、小舟に乗せられたクリスティーヌと共に、我々も怪人の住む未知の世界へ誘われるのだ。
そんな場面転換の美しさに加えて特筆すべきは、やはりアンドリュー・ロイド=ウェバーの織りなす旋律であろう。帰路に就いてからもつい頭でリフレインしてしまうようなキャッチーさはもちろんのこと、そのメロディーを劇中に何度を登場させるのも、ロイド=ウェバーの手腕である。怪人が事件を起こすときにはテーマソングである“The Phantom of the Opera”。怪人とクリスティーヌの邂逅では、クリスティーヌがまだ見ぬ「音楽の天使」に思いを馳せる“Angel of Music”。怪人がクリスティーヌへの愛を叫ぶときには、クリスティーヌとラウルが愛を誓い合う“All I Ask of You”と、一貫したテーマのある場面で繰り返し特定のナンバーをリプライズする技は、名曲をより印象づける一因といえる。
登場人物に焦点を当ててみると、私は海沼千明演じるクリスティーヌに惹かれるものがあった。カルロッタの代わりに歌い始める前の緊張した表情、怪人に怯える表情、そしてラウルに見せる安心しきった表情は、可憐な少女としての顔である。しかしひとたび劇中劇である「イル・ムート」や「ドン・ファンの勝利」が始まれば、彼女は豹変するのだ。まさに“Angel of Music”で歌われるように「音楽の天使」に「とりつかれた」ような姿なのである。しかしこれに留まらず、クリスティーヌが豹変する瞬間がもう1つある。それは愛に狂った怪人を「醜いのはあなたの心」と諭し、愛で救う場面である。数々の恐怖に晒され、愛するラウルにも危険が及んだとき、自分が慕ってきた「音楽の天使」の哀れな想いを受け止めて、彼女は1人の人間として成長するのだ。クリスティーヌがもたらした刹那の救いによって、怪人はオペラ座へ平和を返還したといえるのではないか。そんなクリスティーヌの「変化」の物語を、海沼は見せてくれたと感じた。
舞台美術、楽曲、物語と、すべてが美しく作り上げられているのが『オペラ座の怪人』であると、今回の観劇で感じさせられた。本作を若干38歳にして完成させたロイド=ウェバー、そしてこのクオリティを維持しつつ上演を続ける劇団四季の力を、その目でぜひ確かめてほしい。日本初演時から劇団四季で掲げられてきたキャッチコピー「劇団四季のオペラ座の怪人は凄いらしい。」は、我々が目撃することによって、初めて真実になるのだから。

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