川島ゼミ 観劇レポート(2024年1月期)

オペラシアターこんにゃく座『あん』
2023年12月17日(日)15:00/みどりアートパーク
彩樹
オペラ『あん』は、ドリアン助川による同名小説を原作として2022年にオペラシアターこんにゃく座によって初演され、今回が初のツアー公演となった。物語は島田大翼演じる千太郎がどら焼き屋・どら春で、気怠げに「どら焼きいかがですか」と呼びかける場面から始まる。千太郎はかつて罪を犯したときに庇ってくれたオーナーの亡き後借金を返すべく、どら春の雇われ店長として、好きでもないどら焼きを売り続けていた。ある日千太郎の元へ、青木美佐子演じる吉井徳江が働きたいと訪ねてくる。千太郎は徳江が作ったあんに魅了され、飯野薫演じる常連・ワカナの助言もあり徳江を雇うことにする。徳江が作るあんのお陰で「どら春」は大繁盛するが、突如徳江がかつてハンセン病患者であったという噂が流れ、客足が遠のいてしまう。徳江は自らどら春から身を引くが、千太郎はいてもたってもいられずワカナと共に徳江が暮らす療養所に訪れる。
私は今回、オペラを初めて鑑賞した。オペラと聞くと思い浮かぶのは、壮大なオーケストラに乗せて歌手が高らかに歌い上げるという高尚なイメージであった。しかし、このこんにゃく座ではそうしたグランドオペラではなく、少人数の出演者に加え、今回の場合ピアノとクラリネットのみといった小規模構成によるオペラを上演している。このようにこんにゃく座だからこそ編み出される、雑味のない全体像とほぼ全編が歌で構成されるオペラの組み合わせによって、物語が流れるように感じられ、人物の心情やメッセージが染み渡るように感じられた。
物語が進んでいく中で、本作のキーワードは「聞く」ことであると考えた。初めに徳江のあんを食べた千太郎とワカナは「あんが生きている」「あんが歌っている」と目を見開く。千太郎は徳江を雇ってから、彼女があんを作るときの秘密を知ることになる。「よしよし」「いい子だね」と小豆たちに話しかける徳江は、引き気味の千太郎に、遠くから来てくれた小豆たちの声を「聞き」、応援しているのだと語る。更に徳江は自らが店を退いた後、千太郎と文通をする中で、風や木々の語る言葉を「聞いて」きたと語る。
劇中でも言及されていたように、日本国内では約90年前から30年前まで施行されていた「らい予防法」により、全てのハンセン病患者は療養所へ強制的に隔離されていた。徳江は病により社会との関わりを絶たれ、自らの声を「聞いて」もらうことは叶わなかった。しかし療養所から見る美しい景色、そして療養所の製菓部で出合ったあんが、彼女にとって「聞き」合う相手となったのである。徳江はその経験を通して得た、全ての人やものは繋がっていて影響を与え合っているということを、最期まで千太郎達に伝えようとしていた。このような徳江と作品が訴えかける「聞く」ことのあたたかさを、「聴く」芸術であるオペラとして伝えることで、より重みを増して受け止められるように感じた。
今回、もともと想像していたオペラらしからぬテーマから本作の観劇を決めた。しかしグランドオペラとは違った、こんにゃく座による素朴な演出に、オペラは身近に楽しめるものであると価値観を覆されることとなった。オペラと近しいミュージカルは今や日本ですっかり定着しているが、オペラに関しては当初の自分と同じように、敷居の高いイメージを抱いている者は少なくないだろう。そのような人々にこそ、こんにゃく座の創るオペラの形に触れ、親しみやすいオペラという新たな世界を切り開いてみてほしい。

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