川島ゼミ 観劇レポート(2023年12月期)

ミュージカル『夢から醒めた夢』
11月8日(水)18:30/自由劇場
彩樹
『夢から醒めた夢』は、1988年に初演された劇団四季のオリジナルミュージカルである。劇団四季の代表であった浅利慶太が浅利演出事務所に移籍して以降は、同事務所主催公演として2017年に上演された。浅利亡き後も2021年に再演され、今回の公演は浅利演出事務所としては3度目の上演となる。幕が開くと夢の配達人が現れ、主人公となる少女・ピコと共に我々観客を夢の世界へ誘い、物語が始まる。不思議なことに憧れるピコは、配達人に導かれ夜の遊園地へやってくる。その先にある屋敷でピコは、交通事故で命を落とした幽霊の少女・マコと出会う。悲しみに暮れる母親にもう1度会って励ましたいというマコの願いを聞き、彼女と入れ替わったピコは1日だけ霊界へやってくる。ピコは霊界空港で、紛争等で死んでいった子ども達や遺していった妻を待つ老人、いじめを苦に自ら命を絶ったメソらに出会う。そこでピコが預かってきた、善人の証であるマコの白いパスポートを巡り事件が起こる。
本作は劇団四季での上演時より人気を誇っており、前回2021年公演を観劇した際も多くの反響を耳にした。しかし今回の再演では特にチケットが入手困難になる程の影響があった。そこには、物語へ我々を導き語り部ともなる夢の配達人の存在が大きく関わっていたと考えられる。今回夢の配達人を演じた下村青は、劇団四季在籍時より幾度も同役を演じており、本公演では11年振りにその当たり役を演じることになった。更に、森英恵がデザインした当時の衣装も26年振りに完全体で復刻され、今回は夢の配達人に大きな意味をもたせた公演となったように感じられた。私は下村が演じる配達人を初めて実際に目撃したのだが、冒頭からすぐさま彼の繰り広げる世界に魅了された。「人生を生きるには夢が必要だ」「劇場は夢を作りだし、人生を映しだす大きな鏡です」と語りかけるその視線は、2階席も満たす観客の1人1人に配られ、その視線は私達を舞台へ、そしてそこで冒険するピコの存在へ引き込んでいく。妖しさを帯びながらも、夢を配り我々を励ますそのあたたかさは、下村にしか出せないものであり、下村こそが夢の配達人そのものであると感じた。
そんな夢の世界で我々と共に旅をするピコもまた、私の心にあたたかさを与えてくれた。演じる四宮(しのみや)吏(り)桜(お)は2017年公演のオーディションにて抜擢され、今回でピコを演じるのは3回目であった。前回公演を観劇した私には、四宮が歴史ある作品の主役を演じる者として成長しているというよりも、彼女こそがピコとして存在し続けているように思えた。13年越しに妻と再会した老人に「良かったね!」と共に喜び、喧嘩に明け暮れた結果闘争で死んだヤクザに「お粗末な人生ね」と率直に反応し、罪を犯したメソや母親を思うマコの身を案じ、「みんなのために」と奔走する。そして出会った人々に「愛をありがとう」と涙をこらえながら感謝を込めて別れを告げる。これらはピコという存在がカリスマ性をもつわけでもなくいかにも素朴であり、我々と近しい素直な少女だからこそ成立するものであろう。四宮はその純真さ、まっすぐさを天性のものとしてもち合わせており、ピコそのものであるように感じられた。素直すぎる程に素朴な四宮のピコならではの言動は、私達が過去に置いてきてしまった、純粋に周りを思いやる気持ちを思い出させてくれたのだ。
このように物語を導く2人をはじめとして、俳優や制作陣は色あせない夢の旅路を愉快に、あたたかく届けてくれた。これからも私達の日々は、楽しいことも目を背けたくなるようなことも携えながら続いていく。つらいことから逃げ出したくなったり素敵なことが欲しくなったりしたとき、眠っている間に、もしくは劇場で見る夢に思いを馳せに行く。そしてまたそこから、忘れかけていた優しい心や生きる力を得るのだろう。今宵も夢の配達人に会えることを信じて日々を過ごそう。そう思わせてくれた劇場でのひとときであった。

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