川島ゼミ 観劇レポート(2023年12月期)

「現代音楽×能」
11月30日(木)19:00/東京文化館小ホール
Blue.
本作品は、能声楽家である青木涼子によるコンサートシリーズの第10回記念公演であり、バイオリン、ヴィオラ、チェロによって奏でられる現代音楽と能を掛け合わせて披露する。全6曲で前半3曲、20分の休憩を挟み、後半2曲とアンコール1曲で構成された。楽器で奏でられている現代音楽に合わせ青木涼子が声と少しの動作で、現代音楽と能を組み合わせる。
しかし、非常に残念なことに、前半、眠っている観客が非常に目立っていた。そもそも会場のキャパシティー649席が埋まっておらず、その上全席自由であったため、前方ブロックに熱心な観客が集まり、後方ブロックにはこのコンサートシリーズを初めて鑑賞する者や、比較的熱量が少ないものが集まっていたようだ。それは仕方のない事としても、それらの層にも関心を持ってもらう工夫が今一つ必要なのではないだろうかと感じた。学生や若者向けのU-25チケットが販売されていたこともあり、鑑賞のハードルが低い制度があるにも関わらず、一見さんも序盤から引き寄せることができないということは非常に残念だ。しかし、3曲目に入る前、作曲者が挨拶をする場面で、「能とは死んでもあの世に行き切れない、亡霊を表現したもの」であるという説明があり、ここではじめて舞台上で表現されているものを理解できた観客が多かったように感じられた。休憩では、観客同士が「聴き方が分からないんだよなあ」「死の世界っていう概念がある人じゃないと理解はできないよな」という会話が聞こえて来たことがかなり印象的ではあったが、能というものへの理解と、その死後の亡霊たちの物語を感じることさえできれば、表現を楽しむことができるのだ。つまり本作を鑑賞するには、事前知識が必要であった。
しかし、全体を通して楽器の音色と、声の共鳴が素晴らしく、呼吸を使った表現では死んでも死にきれない、生きている人間に対する大きな憎悪や恨みが存分に感じられ、鬼気迫るものがあった。そんな張り詰めた空気が流れているホール内だったが、曲と曲の演奏者同士のコミュニケーションが和気藹々とした雰囲気で行われており客席にも笑いが生まれる場面もあった。中でもとりわけ目を惹いた動作をしていたのが、ヴァイオリン奏者の成田達輝だ。演奏が終わり、観客から拍手が起こると、指先だけでする静かな拍手と、何とも言えない目を細めた笑顔で、青木涼子に向かって拍手を送っていた。この様子をうまく言葉で伝えきれないことが歯痒いが、愛嬌のある動作と表情は、良くも悪くも硬い雰囲気が流れる会場内での癒しとなった。彼のようなパフォーマンスをする演者がいることによって、観客が親近感を持ち、例え聴き方が分からなくても、この舞台を楽しむきっかけになったのではないだろうか。
本作品は、普段からこのコンサートシリーズに足を運んでいる者が楽しめる舞台であった。初心者でも楽しめるような工夫や配慮がもう少しあればよかったと思われる。

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