専門学校化で即戦力養成・大学入学者、なぜ増える?

 探偵、深津明日香が首をかしげている。「後輩から聞いたんだけど、大
学入学者数が増えているらしいの」。先輩の加江田孝造が声をかけた。
「何か変かな?」。これを聞いた所長がにやりとして調査を命じた。「だっ
て子供の数が減っているのに、不思議じゃないか!」

昨年は過去最高

 孝造は明日香を連れ、文部科学省で資料を調べた。「見て先輩。高校
卒業者が減っているのに、大学入学者が増えてるわ」
 昨年春の高校卒業者は133万人で、ピークだった1992年春より27%減
少した。だが、4年制大学入学者数は過去最高の60万4000人で90年春
より23%も増えている。
 「入学者増の一因は大学数の増加です」。高等教育局企画官の秋葉
正嗣さん(40)が説明し始めた。
 昨年5月の大学数は669校で、90年に比べて32%多い。「新設大学の
多くは短大からの転身組です」。昨年5月の短大数は559校で、最多の96
年よりも7%減った。
 「なぜ短大が大学に?」。日本労働研究機構に駆け込んだ2人に主任
研究員、小杉礼子さん(49)が答えた。「企業が短卒採用を減らす一方、
大卒採用は比較的多いため、大学志望者が増えているのです」
 企業は合理化のために短・高卒者の主な職種だった一般事務、接客
などの仕事を派遣社員、アルバイトで代用。実際、短卒予定者の就職内
定率は昨年10月が37%で94年10月より6ポイント低下。高卒予定者の内
定率は51%で21ポイント低い。大卒予定者も8ポイント下がったが、65%
を保っている。
 明日香がうなった。「うーん。だから大学に進む高卒者が増えたんです
ね」。昨年春の大学などへの進学率は45%に達した。90年に比べ15ポイ
ントの上昇だ。
 孝造は指を鳴らした。「そうだな。少子化時代に大学入学者が増える
理由は、大学数の増加に加えて進学率が上昇したからだ」。明日香もう
なずいた。「背景は深刻な就職難ですね」

就職試験免除も

 2人が事務所に戻ると、所長夫人の円子とお茶を飲んでいた何でもコ
ンサルタント、垣根払太がくぎをさした。「就職が難しくなったので進学す
る高卒者の事情はわかった。だけど、大学側に入学者を誘う積極的な
動きはないのかな」
 払太は日本私立学校振興・共済事業団の調査資料を取り出した。昨
年春には私立大学の3割で新入生数が入学定員を割り込んだ。
 「90年以降、大学数の増加率が入学者数の伸び率を上回っている。少
子化で経営が悪化している大学が増え、学生集めに懸命なはずだよ」
 「就職難が大学人気の一因でしたよね」。明日香はポンと手を打った。
「だとしたら、大学が就職実績を上げれば、より多くの学生を集められる
のでは?」
 払太は「この人に会えば大学の魅力作りの一端が分かる」と、立教大
学教授の広江彰さん(53)を紹介した。教授によると、経済学部が98年
度に始めた特別講座の一部としてインターンシップを課している。
 「インターンシップって?」「学生が企業で短期間働いて職業の適性を
見極め、進路を考える制度です。あくまで教育の一環でアルバイトとは違
います。政府の後押しもあります」
 電話で明日香の話を聞いた孝造は文科省に問い合わせた。同省は経
済産業、厚生労働両省と連携し、90年代後半から大学生向けの普及に
力を入れている。
 2000年度には4年前の二倍の218大学が授業として実施した。同年度
の参加学生は2万1000人だったが、直接企業に応募する学生も多い。
 孝造はインターネット上で企業と学生を結びつけるJMAMチェンジコン
サルティングを訪ねた。ここでも大勢のインターン学生が営業などで働
き、来客に名刺を手渡していた。
 感心する孝造に事業部長の高松健司さん(45)がささやいた。「多くの
企業は優秀な学生との早期接触や、人材を供給してくれる大学とのパイ
プ作りに利用しています。いわば企業と学生のお見合いですね」
 「えっ、教育目的だけではないのですか」。驚いた孝造は具体例を調べ
た。日本IBMには慶応、立命館など全国の大学の学生が応募してくる
が、参加者には就職試験の一部を免除している。松下電器産業は昨
年、成績優秀な参加者を無試験で採用するインターンシップを始めた。
 「いま大学に行けば、前より多様な就職機会が得られるぞ!」。孝造は
駅で落ち合った明日香に調査内容を話した。すると明日香が新たな情
報をもたらした。
 「企業とのパイプだけじゃなさそうです、みて下さい」。取り出したのは、
武蔵大学の金融学科が志願者に配る小冊子だった。
 「資格取得を目指そう」と書いてあった。「えっ、大学で資格。一体何が
起きているんだ?」。孝造は武蔵大学に向かった。

予備校から講師

 「証券アナリストという資格を目指す特別講座を昨年度に始めました」。
教授の黒坂佳央さん(52)の説明に、孝造は思わず「まるで専門学校で
すね」。「そう言って反対する声が学内にありましたが、『就職に有利な大
学』をめざすしかないんですよ」
 一方、明日香は跡見学園女子大学を訪ねた。来年度、秘書検定、税
理士、公務員などの受検を目指す学生を対象に就職実戦講座を始め
る。学長の山崎一穎さん(63)は「企業は技能を持つ即戦力の学生を求
めています」と言い切った。
 学生からは歓迎の声を聞いた。「友達はみんな専門学校などで資格試
験の勉強をしています。ここで勉強できれば、別の学校に行かずにすみ
ます」
 明日香と孝造はさらに調査した。龍谷大学は昨年度から理工学部の3
年生向けに就職の志願書作成などに役立つ文章講座を実施。大手予
備校の河合塾の講師に指導を任せている。
 資格学校のTACは今年度、講師派遣や教材提供によって全国30以上
の大学で各種資格取得や公務員試験の授業を支援している。
 孝造はひざをたたいた。「ナゾは解けた!!大学が企業で即戦力にな
る人材の育成機関に変わってきた。懇切丁寧に就職を助け、インターン
シップで学生の適性を見極めたい企業とのパイプ作りにも熱心だ」
 明日香もうなずいた。「就職難の時代に新たな産学連携だわ。大学は
就職実績を高めるのに懸命で、そこにひかれて進学を選ぶ高卒者も増
えているのね」
 孝造と明日香は事務所に戻り報告した。所長は「うちも名探偵を雇うた
めに、インターン学生を受け入れようかな」とポツリ。探偵2人は声をそろ
えた。「こんな安月給じゃ就職狙いの学生は来ませんよ」
(経済解説部 加賀谷和樹)