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| 常 務 理 事 室 か ら の 花 便 り |
| 第158便 平成24(2012)年 1月 8日 |
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一 陽 来 復
跡 見 の 新 年 |
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新年、明けましておめでとうございます。
と、昨年の正月までは屈託なく申し上げてまいりました。でも、今年はやはり どこか心が痛みます。
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「一陽来復」とは、冬至に陰が極まって、気が陽に転ずること。もう少し簡単に言うと、冬至を過ぎてお日さま(陽)が かえ(復)って来ること。
今年の正月は、寒いけれども好天に恵まれています。朝陽を浴びて すっくと立つ松の木に、今年の希望を見たいと思います。
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私たち、跡見学園の新年は、創立者 跡見花蹊先生の墓参りから始まります。
文京区小石川4丁目(昔の町名で言えば小石川の久堅町)にある光円寺。
ここに、跡見家のお墓があります。
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向って右は、花蹊の墓に閼伽(あか,お水のことです)を手向ける山崎一穎(かずひで)理事長、左は跡見李子(ももこ)先生の墓に合掌する跡見純弘前理事長。
跡見李子は、跡見花蹊の養女にして、跡見女学校の第2代校長を務められた方。跡見純弘氏は李子先生の養子でいらっしゃいます。
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さて、文京キャンパスでは、大学や中高の校舎が、朝日に輝いています。
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朝日は、いいなあ、暖かくて。
大学も中高も、どちらも授業はあさってからだけれども、中高生はもうクラブ活動を開始しています。
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キャンパスの一隅で、私たちを見守って下さる花蹊先生の像。
今年もよろしくお願いいたします。
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さて、毎年1月8日には、跡見学園関係者の集う新年賀詞交換会が催されます。
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山崎理事長は、年頭に当っての所感を、力強く語られました。
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集ったのは、学校法人の理事・監事・評議員、大学・中高の執行部の先生方、課長以上の職員、後援会(保護者の集まり)・校友会(卒業生の集まり)などなどの方々。
日ごろ親しいメンバーですので・・・
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金井塚清監事の発声で乾杯してからは、ワイワイガヤガヤと、賑やかな時間を過ごしました。
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宮本文昭評議員会議長による中締めのご挨拶も、心温まるものでした。
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ところで・・・
ここ何十年か、跡見学園では1月8日に新年会を催す習わしになっています。いつごろからこのような習慣ができたのだろう、と『跡見花蹊日記』をぱらぱらとめくってみると・・・、
明治20(1887)年暮に 神田中猿楽町の古い校舎から 小石川柳町の新校舎に引越しした跡見女学校が、翌明治21年(1887)1月8日に開校式を執り行ったのが最初のようですね。来賓には伏見宮夫妻・小松若宮夫妻・北白川宮夫妻・三条実美内大臣夫妻・土方久元宮内大臣らのほか、宮城からは早蕨典侍(柳原愛子,大正天皇の生母)・藤袴内侍(姉小路良子)らが出席したそうです。音楽は、近衛軍楽隊が務めました。式典が午後1時から5時まで、夜に入ると電気や提灯でイルミネーションを附けて、パーティーは10時まで続きました。この日集まったお客様は、ざっと千人を超えたとありますから、それはそれは賑やかだったことでしょう。
1月8日に日を定めて新年会あるいは始業式を行うようになったのは、明治33年(1900)以降のことです。いずれにしても、古くから続いている行事なのですね。
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旅に出かける人に対して、日本語では「道中御無事で」と声をかけて 旅行の恙(つつが)無きことを祈りますが、同じことを漢語では「一路平安」ともうします。
私たち皆々が、平成24年は順風の一年を送ることができますよう祈りつつ、次の言葉でこの便りを閉じたいと思います・・・。 それでは皆さま、
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