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あぶらな (油菜)
学名 Brassica campestris var. nippo-oleifera(B.rapa var.nippo-oleifera) 日本名 アブラナ 科名(日本名) アブラナ科 日本語別名 ナタネ(菜種; 在来菜種)、ナタネナ、アカタネ(赤種)、ククタチ(茎立) 漢名 油菜(ユサイ,youcai) 科名(漢名) 十字花(ジュウジカ,shizihua)科 漢語別名 菜薹(サイタイ,caitai)、胡菜(コサイ,hucai)、蕓薹(ウンタイ,yuntai) 英名 Chinese colza
| 辨 | 種子から菜種油を採るために栽培するナタネ(アブラナ)には、植物学的には二種の植物がある。
アブラナは、古くから東アジアで栽培してきたもの(在来菜種)、セイヨウアブラナは19世紀以降ヨーロッパから導入されたもの(洋種菜種)。在来種は、種子が黄褐色なので赤種と言い、洋種は黒褐色なので黒種と言う。在来種は葉が軟らかく淡緑色で、白い蝋質がなく、嫩茎嫩葉を食用にするので茎立と言う。洋種は、葉が厚く白い蝋質をかぶり、茎葉は食えない。 |
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今日の中国で栽培されている油菜は、三の系統に分かれると言う(繆啓愉『斉民要術校釈』2nd ed.,1998)。白菜類型はアブラナであり、甘藍類型はセイヨウアブラナであろうか。 |
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| アブラナ属 Brassica(蕓薹 yuntai屬)の植物一般については、アブラナ属を見よ。 | ||||||||||||||||
| 訓 | 和名アブラナは、油を採る菜の意。 ナタネは、菜の種の意。ただし古い辞書類には、漢語の蕪菁子(ブセイシ,wuqingzi。カブの種)・芥子(カイシ,jiezi。カラシナの種)などの訓に当てられているので、菜種は「油菜の種」とは限らず、一般に「菜の種」である。 |
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| 深江輔仁『本草和名』(ca.918)芸薹に、「和名乎知」と。 源順『倭名類聚抄』(ca.934)に「唐韻云、■{艸冠に豊}、〔和名久々太知、俗用茎立二字〕。蔓菁苗也」と。 |
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| 説 | 野生種のアブラナは、もともとは地中海農耕文化におけるムギ畑の雑草。今日でも西南アジアから北ヨーロッパに、麦畑の雑草として分布するという。今日における雑草としての姿は、『週刊朝日百科 植物の世界』6-199参照。 雑草性アブラナは、チベットからオオムギ農業の雑草として中国に入り、ここで品種分化が進んだ。 |
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| 中国では、漢代から栽培している。 日本に入ったのは弥生時代、と言う。 |
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| 誌 | 中国でも日本でも、古くは蔬菜として葉を食用にした。 種子から菜種油(菜子油,サイシユ,caiziyou)を絞るようになるのは遅く、盛んになったのは中国では明代以降、日本では江戸時代から。それ以前は、エゴマの油などを用いていた。 |
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| 中国では、学名に B.campestris var.oleifera をあて、その嫩い莖葉を蕓薹と呼び、実を蕓薹子と呼び、薬用にする。 日本薬局方で規定するナタネ油は、B.campestris ssp.napus var.nippo-oleifera の種子から得た油と規定する。 |
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| 中国では、賈思勰『斉民要術』(530-550)に「種蜀芥・蕓薹・芥子」が載る。 | ||||||||||||||||
| 日本では、『古事記』に 吉備の国の「山縣に蒔ける菘菜(あおな)」と見えるものや、『万葉集』に「上野野の佐野のくくたち(茎立)」と見えるものは、アブラナという。 かみつけぬ(上毛野)佐野のくくたち(茎立)を(折)りはや(栄)し あれ(吾)はま(待)たむゑことし(今年)こ(来)ずとも (14/3406,読み人知らず) |
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| 平安時代には、『竹取物語』に翁の言葉として「竹の中より見つけきこえたりしかど、なたね(菜種)のおほ(大)きさおはせしを、わがたけ(丈)たちならぶまで やしな(養)ひたてまつりたる我子を、云々」とある。 | ||||||||||||||||
| 江戸時代には、油料のほか、変った用途として七味唐辛子に入れられた。 | ||||||||||||||||
菜畠に花見顔なる雀哉 (芭蕉,1644-1694) 菜の花や月は東に日は西に (蕪村,1716-1783) なのはなや昼ひとしきり海の音 (同) 菜の花や鯨もよらず海暮れぬ (同) 菜の花や和泉河内へ小商 (同) なのはなや笋(たけのこ)見ゆる小風呂敷 (同) 菜の花や摩耶を下れば日のくるゝ (同) |
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| 明治以降 油菜としての役割は ほとんどセイヨウアブラナにとって代られた。今日では、在来のアブラナは、京野菜(菜の花漬けやくくだち)として細々と残っているのみという。 したがって、明治以降の詩歌に詠われる菜の花は、セイヨウアブラナであると考えて間違いない、という。 |
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