| 辨 |
近代に入り、北アメリカに伝えられて多くの栽培品種が作り出された。今日では'ソルダム''大石早生李'などが栽培されている。
ヨーロッパで栽培されてきたものは、西アジア原産のセイヨウスモモ(ヨーロッパスモモ) P. domestica、プルーン prune はその1品種。 |
| スモモ属(サクラ属) Prunus(梅屬)の植物についてはスモモ属を見よ。 |
| 訓 |
和名は、モモに似て酸味が強いことから。ハタンキョウは、明治時代に スモモの大型の実をつける品種につけられた名。 |
深江輔仁『本草和名』(ca.918)に、鼠李は「和名須毛々乃岐」と、また李は「和名須毛々」と。
源順『倭名類聚抄』(ca.934)李子に、「和名須毛々」と。
小野蘭山『本草綱目啓蒙』25(1806)に、「スモゝ和名鈔 スウメ播州」と。 |
| 説 |
中国の長江流域の原産。中国では古くから栽培された果樹であり、日本には推古天皇時代(592-628)に入った(『日本書紀』推古帝24年・34年)。
1870年代以後日本からアメリカにわたり、多くの栽培品種が育成され、日本に逆輸入されている。 |
| 誌 |
果実を、食用にする。
中国では、根・種子を薬用にする。また地方により、スモモ及び P. simonii(杏李・鷄血李)の種子を 李子と呼び、薬用にする。 |
| 『礼記』「内則」に、周代の君主の日常の食物の一として李を記す。 |
| 賈思勰『斉民要術』(530-550)巻4に、「種李」が載る。 |
韓愈(768-824)「李花 二首」に、
平旦 西園に入れば
梨花数株 矜夸(きんこ)するが若し
旁に一株の李有り
顔色惨惨 嗟(なげき)を含むに似たり
誰か平地の万堆の雪を将(もっ)て
翦刻して 此の天に連なる花を作れる
日光は赤色 照らすも未だ好からず
名月 暫く入って 都(すべ)て交(こも)ごも加ふ
などとある。 |
日本で桃李を併称する例は、『万葉集』巻19/4139;4140 に、大伴家持(717-785)が「天平勝宝二年(750)三月一日の暮、春の苑の桃李の花を眺矚して作れる歌」が載る。
春の苑 紅にほふ 桃の花 下照(したで)る道に 出で立つをとめ
吾が園の 李の花か 庭に落(ふ)る はだれの未だ 遺りたるかも
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今いくか はるしなければ うぐいすも 物はながめて 思ふべらなり
(紀貫之、『古今和歌集』物名、すもゝの花)
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『花壇地錦抄』(1695)巻二「桃のるひ」に、「李(すもゝ) 花形白、小りん、八重ひとへあり」と。
「半熟の物を塩に漬けをき、やがて取出だし、乾しさらし、しはみたるを手にてひねり、又さらし、乾し、肴に用ゆる時湯にて洗へば風味よし」(宮崎安貞『農業全書』1697)。 |