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じょせつ 如拙
『世界大百科事典』(平凡社) 室町時代の禅宗画家。生没年不詳。〈にょせつ〉ともよばれ,応永年間(1394‐1428)に活躍期をもつ。足利将軍家と関係の深い相国寺開山の建碑計画に参与している。《三教図》(両足院)に著讃している絶海中津の讃文によれば,〈大巧は拙なるが如し〉の意から大巧如拙の名を得たという。代表作《瓢鮎図》(退蔵院)は,足利将軍(義満あるいは義持)が〈如拙をして座右の小屏に新様をもって画かせた〉ことが讃文に記されている。現存作品は少ないが,当時舶載移入されていた中国南宋時代の院体画風を意識的に取り入れて作画したことが知られ,周文以下雪舟にいたる室町水墨画の先駆者として位置づけることができる。
『新潮 世界美術事典』(新潮社)室町初期の画僧。応永期(1394-1428)ころに活躍。将軍家と密接な関係を持った京都相国寺の画僧で、周文の師と伝えられている。当時の記録からは、応永21-25年のころ相国寺開山夢窓疎石(1275-1351)の建碑計画に参加したことが知られる程度であるが、代表作の「瓢鯰図」(京都/退蔵院)には、将軍足利義持(1386-1428,在位1394-1423)の命令で新様式を描いたことが明記されている。そのほか梁楷風の「王右軍書扇図」(京都国立博物館)、「三教図」(京都/両足院)が残る。「三教図」の図賛によれば、絶海中津(1336-1405)が”大巧は拙なるが如し”の意から命名したという。
作品 ○「瓢鯰図」軸 (京都/退蔵院) ○「王羲之書扇図」軸 (京都国立博物館) * ○「三教図」軸 (京都/両足院)
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