跡見学園女子大学 *** 柳上書屋 *** Students' Top *** 中国絵画史辞典

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ことくき 顧徳輝 Gu Dehui

    元・至大 3(1310)年-明・洪武 2(1369)年 3月14日

 元末の詩人、画家、パトロン。一名は阿瑛 Aying また瑛 Ying、字は仲瑛、号は玉山樵者・金粟山人、崑山(江蘇省)朱塘里の人。

 至正9(1349)年ころ、田業をすべて子壻に附し、崑山の旧第の西偏を造園し、草堂を築き、玉山佳処と名付け、日夜客と置酒賦詩した。
 このサロンには、黄公望(1269-1354)・張雨(1283-1350)・柯九思(1290-1343)・楊維禎(1296-1370)倪瓉{ゲイサン}(1301-1374)王蒙(1308?-1385)・張舜咨・趙雍・張渥・趙原・馬琬{バエン}・周砥{シュウシ}・陳貞・陳汝言(?-1371)雪窓普明子庭祖柏らの画家も会している。このサロンは、倪瓉のそれとともに元末を代表するものであり、画家たちに与えた影響も大きかったと推測されている。
 なお、この時期の雅会の様子は、『玉山璞稿{ハクコウ}』『玉山逸稿』『玉山草堂雅集』等に記録されている。

 至正16(1356)年、張子誠(1321-1367)の兵が崑山に入り掠奪に遭うに及び、顧徳輝は難を合谿(浙江省湖州、または浙江省嘉興)に避け、洪武元(1368)年には臨濠(安徽省鳳陽)に移り、翌年ここに歿した。 

【作品】
 ○「罌粟{オウゾク}(ケシ)図」軸(台北/国立故宮博物院蔵)
 ○「芙蓉双鴛図」軸(台北/国立故宮博物院蔵)
    近年、台北の研究者は、この二つの作品を 清代のものとする。


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