跡見学園女子大学 *** 柳上書屋 *** Students' Top *** 中国絵画史辞典

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うんじゅへい 惲寿平 Yun4 Shou4ping2

    明・崇禎 6(1633)年-清・康煕29(1690)年

 清前期の画家。初名は格、字は寿平、のち字をもって行われ、更字は正叔、号は南田、別号は雲溪外史、武進(江蘇省常州)の人。城東に居して東園客・東園草衣と号し、白雲渡に遷って白雲外史と号し、晩年は南田老人と号した。室号は甌香館{オウコウカン}
 惲日初(1601-1678)の子、惲向(1586-1655)の甥。
 家が貧しく、早くから科挙の業を廃して売画自給し、唐半園の庇護を受けた。生涯清貧を貫き、葬儀は友人の画家・王翬{オウキ}(1632-1717)の資により行われた。 

 幼にして敏慧、長ずるに及び、詩・書・画を善くし、「三絶」と称せられた。
 王翬と交わり、王時敏(1592-1680)に学ぶ。画家としては四王呉惲の一、清初の正統派の一角。
 初め倣古山水を善くしたが、自らその山水の王翬に及ばざるを悟り、中年以降花卉に転じた。常州(毘陵)に伝わった地方的な花鳥画様式にのっとり、没骨法を駆使して時習を一洗し、写生に新生面を開き、画壇に多大な影響を与えた。 

 著に詩文集『甌香館集』(1686)のほか、『画跋(南田画跋、甌香館画跋)』があり、池田醇一ほかによる訳(『三彩』70-84)・毛利和美訳(【参考】を見よ)がある。

【参考】 『惲寿平・王翬』(『文人画粹編』中国篇 7、中央公論社)
      毛利和美訳著『中国絵画の歴史と鑑賞 新編訳注甌香館画跋』(二玄社、1985)
【作品】
 伝世作品は多数あるが、名品の誉れ高いものとして、
  ○ 「山水花卉図」冊(1673,プリンストン大学美術館蔵)
  ○ 「落花游魚図」軸(1675,上海博物館蔵)
  ○ 「花卉図」冊(大阪市立美術館蔵)

 小品としては、
  ○ 「花卉図」扇面 (ニューヨーク/メトロポリタン美術館蔵)
 など。


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