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りかん 李衎 Li Kan

モンゴル・乃馬真后監国 5(1245)年-元・延祐 7(1320)年10月24日

 元の官僚、墨竹画家。
 字は仲賓、号は息斎道人、晩号は醉車先生、薊丘(北京)の人。

 士大夫の家に生まれ、世祖(在位1260-1294)が大都(北京)を興し(1267)宗廟を整えた時、將仕佐郎・太常太祀兼奉礼郎としてとりたてられる。そののち京官と地方官を歴任。仁宗(在位1311-1320)に愛せられ、皇慶元(1312)年特に命じられて吏部尚書、翌 2(1313)年超えて集賢大学士・栄禄大夫に拝せらる。延祐元(1314)年には、嘉煕殿に壁画を画いたことが知られている。同 4(1317)年病をもって休を乞い、のち辞して光禄大夫を進官せられ南帰す。維揚(江蘇省揚州)に歿。
 22年のち、翰林学士承旨・柱国を贈られ薊国公に追封せられ、諡は文簡。

 画家としては竹石古槎{コサ}を善くした。
 初め王曼慶(王庭筠(1156-1202)の子)に学び、のち文同(1018-1079)の墨竹を学び、世の好事家に知られ、「文同・蘇軾(1036-1101)が歿して二百年、その墨竹一派、いま李衎がこれを継承した」と評せられた(呉師道、1283-1344)

 著に『竹譜』20巻(大徳 3(1299)年自序)があった。
 完本は伝わらず、各種の抄本が流布している。『竹譜詳録』7巻(『知不足斎叢書』所収)、『永楽大典』より採集した10巻本(『四庫全書』所収)などがある。

【作品】
 ○「墨竹図」軸 (東京/宮内庁蔵)
ほか。


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