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かきゅうし 柯九思 Ke Jiusi

    元・至元27(1290)年-至正 3(1343)年10月25日

 元の墨竹画家。字は敬仲、号は丹丘生、台州仙居(浙江省)の人。

 父蔭をもって華亭(上海市松江)尉に補せられるも就かず。建康(江蘇省南京)に出居(1325-1328)した懷王・図帖睦爾{トブテムール}の知遇を得、懷王が皇帝に即位(文宗、在位1328-1332)すると天暦元(1328)年に擢んでられて典瑞院都事。同 2(1329)年 4月文林郎・参書、この年旨を奉じ秘書監において所蔵の書画を整理したほか、奎章閣に収蔵する書画の審定に参加した。
 同 3(1330)年 2月、奎章閣に鑑書博士を置くのに伴い、鑑書博士となり、命じられて内府所蔵の法書・名画をみな鑑定した。このような恩寵に対して、至順 2(1331)年御史台より「性純良にあらず、行い矯譎を極む。末技を挾み、権門に趨附す」と弾劾せられている。
 至順 3(1332)年に文宗が崩じたのちは、蘇州(江蘇省)に流寓、至正 3(1343)年風疾にて歿した。

 詩文を善くしたほか、文同(1018-1079)の画風を師として墨竹を得意とした。
 また上記のように鑑識家として一家を為し、同時代の批評家であった湯垕饒自然らに知遇を求められた。

【作品】
 ○「晩香高節図」軸(台北/国立故宮博物院蔵)
 ○「柯敬仲墨竹譜」
   かつて36幅あったが、宣統(1909-1911)年間に上海で石印せられたとき20幅しか無く、
    1929年に日本で印刷されたときには18幅に減っていたが、現在も台湾に伝世する。
 ○「寒江独釣図」団扇軸装(日本/個人蔵)


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