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ぶんちょうめい 文徴明 Wen Zhengming
明・成化6年(1470)11月6日-嘉靖38年(1559)2月20日
明後期の画家。初名は璧、字は徴明、のち字を以て行われ、更字は徴仲、号は衡山居士・停雲生、私諡は貞献先生、蘇州府長洲県(江蘇省蘇州)の人。文林(1472進士、官温州知府)の子。
詩文を呉寛(1435-1504)に、書を李応禎(1431-1493)に、画を沈周{シンシュウ}(1427-1509)に学んで三絶と称せられ、祝允明(1460-1526)・唐寅(1470-1523)・徐禎卿(1479-1511)とともに呉中四才子と称せられた。
科挙には10回応じてついに合格せず、1523年54歳で歳貢生として北京に赴き、翰林院待詔を授けられ、『武宗実録』を編修、1526年致仕し帰郷した。1527年58歳のとき玉磬山房を築き、晩年は隠逸生活を送った。
著に『甫田集』がある。
画は山水、花卉・蘭竹・人物等を善くし、ことに山水は趙孟頫(1254-1322)・倪瓉(1301-1374)・黄公望(1269-1354)を師法し、さらに南宋院体画風を摂取し、独自の叙情的な様式を達成した。
長子の文彭(1498-1573)・次子の文嘉(1499-1582)・甥の文伯仁(1502-1575)をはじめ、門下の陳淳(1484-1544)・陸治(1496-1576)・王穀祥(1501-1568)・銭穀・周天球(1514-1595)ら多くの画家たちを育て、呉派を確立した。
なお、文家は、文彭・文嘉の後に数代にわたり画家を輩出し、清初に至るまで画壇にその一角を占め続けた。
【作品】
○「雨余春樹図」軸 (1507, 台北/国立故宮博物院蔵)
○「関山積雪図」巻 (1532, 台北/国立故宮博物院蔵)
○「江南春図」軸 (1547,台北/国立故宮博物院蔵)
○「枯木寒泉図」軸 (1549, 台北/国立故宮博物院蔵)
○「真賞斎図」巻 (1549, 上海博物館蔵)
○「千巌競秀図」(1550,台北/国立故宮博物院蔵)
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